策略家アビメレク

Abimelech

 アビメレクはギデオンが女奴隷に生まれせた子だ。彼は父が亡くなると、故郷シケムの人々にギデオンの他の息子たちへの謀反を提案した。シケムの人々がアビメレクに金を渡すと、その金で雇われたならず者たちの手で彼の異母兄弟は皆殺しにされた。

 こうして権力を手中にしたアビメレクだったが、彼とシケムの人々の関係はたった数年で険悪なものになった。シケムの首長たちはガアルという流れ者を自分たちのリーダーにして、アビメレクを露骨に挑発しはじめる。アビメレクは大軍を出してガアルを追い払い、シケムの首長たちが神殿の地下壕に逃げ込むと、山のようなたきぎをその上で燃やして彼らを焼き殺した。

 その後アビメレクはテベツの町を攻めた。町の人たちが高い塔に逃げ込んだので、アビメレクは今回もたきぎを集めて火を着けようとした。その時、女が投げ落とした石臼が彼の頭を砕いた。彼は女の手で殺されることを恥じて、従者にとどめを刺させた。

(士師記 9〜10章)


【解説】

 聖書を読まないまま「聖なる書物」という先入観を持つ人には意外なことかもしれないが、聖書の中にはおよそ人生の模範にはならないろくでなしたちが大勢登場する。士師記はその傾向が特に強く、「なぜこの人が士師として記録されているのだろう?」という人物が何人も出てくる。アビメレクもそうした人物のひとりだ。(ただし彼でさえ、ろくでなしのナンバーワンではない。)

 イスラエルをミディアン人の支配から解放した英雄ギデオンには、多くの妻たちとの間に70人の息子がいたという。娘も含めればさらに多くの子供がいたはずだが、アビメレクはそうした正規の子供の中には入らない庶子だった。カリスマ的な指導者ギデオンが亡くなると、一族の周囲からは急速に支持者が離れてしまう。息子たちが親の七光りで人々の上に立とうとするのを、面白く思わない人たちも多かったのだろう。アビメレクはそこに付け入ってクーデターを起こす。

 このクーデターが成功したことで、アビメレクはイスラエルの中で最初に「王」を名乗る男となった。といっても全イスラエルがそれを認めたわけではなく、クーデターを後押ししたシケムの首長たちが承認しただけだ。

 あらすじでは省略してしまったが、ギデオンの息子たちの中で大虐殺を逃れた息子がひとりだけいた。末息子のヨタムだ。彼は異母兄アビメレクに呪いの言葉を吐きながらベエルまで逃れるが、その後の消息は不明だ。聖書の中から消えてしまう。

 同じく消えてしまうのが、エベドの子ガアルと彼の兄弟たち。彼らはアビメレクから離反したシケムで人々の支持を集め、軍を従えてアビメレクと戦ったがあっさり負けて逃げ出してしまう。彼がどこに逃れてその後どうなったのかは、やはり聖書に記述がない。アビメレクは人々を扇動したガアルたちより、「王」である自分を裏切ったシケムの人々を憎んだのだ。だがこの憎しみの感情が、結局は彼自身の身を滅ぼすことになった。

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