ヨシュア

Joshua Fights Amalek

 ヨシュアはイスラエルの人々を率いてヨルダン川を渡り、城壁の町エリコに迫った。町は城門を固く閉ざしていたが、祭司たちが契約の箱を担いで町の周囲を巡り回ること7日目、人々が一斉にときの声を上げると堅固な城壁は崩れる。だがこの戦いで、不正に戦利品を着服した男がいた。ヨシュアは彼とその家族を石で打ち殺し、すべての持ち物を焼き尽くして埋めた。

 イスラエルの軍勢に激しく抵抗したアイの町が滅ぼされ、住民のすべてが殺された。これを知ったヨルダン川西岸の王たちは同盟を組んでイスラエルに対抗しようとしたが、ギブオンの町はイスラエルに服従して生き延びることを選ぶ。この裏切りに憤った周辺の王たちは町を襲撃したが、救援に来たヨシュアの軍に蹴散らされて敗走した。

 ヨシュアはその後もカナンの全域で戦い続け、奪った土地をイスラエルの人々に分配した。人々は部族ごとに、与えられた土地に定住した。ヨシュアは110歳で死んだ。

(民数記 20〜申命記)


【解説】

 「聖絶」という言葉がある。これは旧約聖書に出てくる「へーレム」というヘブライ語の日本語訳として、新改訳聖書(新日本聖書刊行会/いのちのことば社)で用いられている言葉だ。

 それが具体的にどんなことを差しているのかは状況によりさまざまなのだが、「神のために特別に取り分ける」とか「神に献げるもの」というのが比較的穏健な用法。それ以外はほとんどの場合、「神のために奪い尽くし、焼き尽くし、殺し尽くす」という意味になる。(新共同訳では「滅ぼし尽くす」と訳してある。)ヨシュア記はこの血なまぐさい「聖絶」が、聖書の中でもっとも多量に登場する部分なのだ。

 モーセの後継者であるヨシュアは、優れた軍事指導者だった。彼が進むところ、イスラエルは連戦連勝の快進撃。彼らが通り過ぎた後には「聖絶」されて廃墟になった町と、おびただしい死体の山が築かれた。イスラエルの前では、男も女も子供も家畜も区別がない。

 だがイスラエルは自分たちに協力する者や恭順する町には手を出さずに命を助け、場合によっては保護している。例えばエリコの町に送り込まれた斥候をかくまい逃走を手助けした娼婦ラハブは、エリコが滅ぼされたときも殺されることはなかった。イスラエルに服従したギブオンは保護対象となり、その後の歴史書の中にもしばしば登場するようになる。

 ただしこうした記述はそれ以前の神話と同じで、これらの記事が書かれた時代の現実を、過去の歴史によって説明しようとするものだったのかもしれない。例えばイスラエルに隣接する友好的な異民族の存在について、何らかの説明が必要だと考えられたのかもしれない……。

 ヨシュアによってイスラエルはカナン地方への侵入に成功するが、すべての土地を占領したわけではない。だがヨシュアはいまだ占領していない土地も含めて、イスラエル各部族への割り当てを決めてしまう。最終的な土地の支配が完了するのは、彼の死後のことだ。

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