幕屋の建設

Aaron_(Kirillo-Belozersk)

 幕屋は二重の垂れ幕に覆われた神聖な施設であり、宿営地では幕屋の奥の至聖所に神が臨在してモーセに指示を与えた。幕屋は昼は雲に覆われ、日が落ちると雲は幕屋の上で燃える火のように見える。雲が幕屋を離れるとイスラエルの民は移動を開始し、雲がひとつの場所に留まればそこが次の宿営地になった。移動の際、幕屋は解体して次の宿営地まで運ばれた。

 幕屋の中には祭壇が作られ、モーセの兄アロンと彼の一族が定められた動物や穀物を焼いて神に献げた。幕屋や祭具、祭司たちの服装、供物の種類、儀式の手順などについては詳細な指示があり、それに違反することは絶対に許されない。ある時アロンの息子ナダブとアビフが香を焚く手順を間違えたところ、ふたりとも神の火に焼かれて死んでしまった。

 エジプトをを脱出した翌年、神はモーセにイスラエルの人口調査と軍の編成を命じた。この時点の人口は祭司の部族を除き、成人男子だけで60万人以上だった。

(レビ記〜民数記 4章)


【解説】

 スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981)には、モーセが十戒の石版を入れたというアーク(聖櫃)が登場する。聖書では「神の箱」や「契約の箱」と呼ばれるアークだが、エジプトを脱出した古代イスラエルの人たちはその周囲を垂れ幕で仕切って、「幕屋」と呼ばれる移動式の礼拝施設を作っていたらしい。

 サーカスのテントが各地を移動しながら公演をするように、イスラエルの人々は幕屋を持ち運んで移動し続けた。多くの人々がそれぞれのテントや家財道具(家畜も含む)を運びながら幕屋の移動に従い、モーセたち指導者が「ここだ」と決めて幕屋を設営すると、その周囲に自分たちのテントを設営したのだろう。

 聖書の記述によれば、モーセに従った人たちの数は成人男子だけで60万人以上だったという。子供や女性を含めればその数倍、200万人以上の大集団だ。これは途方もない数で、岐阜県や栃木県の全人口にほぼ匹敵する。仮に人間が1メートル間隔で並んでいるとすると、100メートル四方で1万人だ。幅100メートルで隊列を組むと、200万人の行列は長さ20キロに及ぶ。家畜や家財道具を含めれば、列の長さはその何倍、何十倍にもなっただろう。これはあまりにも現実離れした光景に思えてならない。

 出エジプトが何らかの事件をモデルにしているとしても、実際の出来事が聖書に書かれている通りに起きたとは考えにくい。現実の出エジプトは規模がずっと小さかったか、何十年に渡って段階的に起きた出来事をまとめて1回の出来事として描いているのではないだろうか。

 聖書は荒野での放浪期間を40年とし、エジプト脱出を経験した人たちのほとんどは約束の地カナンに入る前に死んだと述べている。エジプトからの脱出は40年かもっと長い時間をかけて段階的に行われ、その記憶が荒野での40年の放浪という出エジプトの物語になったのかもしれない。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中